お役立ちコラム
特権ID管理(PAM)の重要性とは?
はじめに
特権ID管理(PAM)は、管理者アカウントなど強い権限を持つIDを、安全に使うための考え方と仕組みです。特権IDは設定変更やデータの持ち出しまでできるため、悪用されると被害が大きくなります。
さらにクラウドや外部サービスの利用が増え、特権IDが使われる場所も、アクセスする経路も広がりました。この記事では、特権ID管理とPAMの基本を押さえたうえで、重要性が高い理由と、統制をどう設計するかを平易な言葉で整理します。
特権ID管理とアイデンティティ管理の基本
特権IDとPAMの定義
特権IDは、一般の利用者より強い操作ができるIDです。代表例は、サーバーやネットワーク機器、業務システム、クラウドの管理者アカウントで、利用者の追加や設定変更、ログの削除なども可能です。
PAMは、こうした特権IDによるアクセスを安全にするための管理です。ポイントは「誰が、いつ、どこに、どんな手順で入ったのか」を追えるようにし、必要なときだけ使える形にすることです。
なお、ID全体を扱う「アイデンティティ管理」は、社員や委託先などの本人確認、登録、認証(ログインの確認)、組織をまたぐ連携など、広い範囲を対象にします。米国国立標準技術研究所NISTは、政府情報システムとネットワーク越しにやり取りする利用者について、本人確認、登録、認証要素、管理手順、認証の通信手順、連携などの領域で要件と推奨事項を整理しています(参照*1)。
特権ID管理とPAMの違い
特権ID管理とPAMは近い言葉ですが、焦点が少し違います。特権ID管理は、特権を持つ人やアカウントを特定し、権限が過剰になっていないかを整える考え方として語られることが多いです。
PAMは、実際のアクセスをその場で制御し、操作の記録まで含めて扱うことが中心です。たとえば、管理者が入る前に承認を通す、入っている間の操作を監視する、終わったら権限を外す、といった動きがPAMの得意領域です。
Netwrixは、PAMとPIM(特権ID管理)、IAM(アイデンティティとアクセス管理)は目的と範囲が異なると整理し、PIMは特権ユーザーの識別と権限付与の適正化、PAMはアクセスとセッションをリアルタイムで管理、IAMは組織内のすべてのアイデンティティを対象にすると説明しています(参照*2)。
ゼロトラストにおけるPAMの位置づけ
ゼロトラストは、社内ネットワークだから安全と決めつけず、アクセスのたびに確認する考え方です。この前提に立つと、特権IDは最優先で守る対象になります。特権IDが奪われると、本人確認やアクセス制御の仕組みそのものを無効化されるおそれがあるからです。
Microsoftは、事業資産の安全性は、ITシステムを管理する特権アカウントの完全性に依存すると説明し、攻撃者は資格情報(ログイン情報)を盗んで管理者アカウントなどの特権アクセスを得て機密データへ到達しようとすると述べています(参照*3)。
ゼロトラストの実装では、利用者全体の認証強化や端末の管理も必要ですが、PAMは「強い権限の入口」を締める役割を担います。特権IDの入口が緩いままだと、他の対策を積み上げても、最後に管理者権限で覆される危険が残ります。
特権ID管理が重要な理由
内部不正と誤操作のリスク
特権IDのリスクは、外部の攻撃者だけではありません。社内の人による不正や、悪意のない誤操作でも、特権IDは被害を大きくします。たとえば、設定変更のミスでサービスが止まる、誤って大量のデータを削除する、持ち出し禁止の情報を外部に送ってしまう、といった事故が起きえます。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は「企業の内部不正防止体制に関する実態調査」で、経営層が内部不正リスクを高く重要視している割合が約40%にとどまったと示しました。また、個人情報以外の重要情報を特定する仕組みを持つ企業は半数に満たず、重要情報の区分や管理体制の整備が課題だと整理しています。調査期間はウェブアンケートが2022年12月7日から12月12日、インタビューが2022年11月から2023年1月までです(参照*4)。
特権ID管理は、重要情報がどこにあり、誰が強い権限で触れられるのかをはっきりさせます。その結果、事故の予防だけでなく、万一のときに「止める」「原因をたどる」を速く行いやすくなります。
アカウント乗っ取りと権限昇格のリスク
特権IDが狙われる理由は、1つ奪うだけでできることが一気に増えるからです。攻撃者は、まず一般のアカウントを盗み、そこからより強い権限へ上がる動きを狙います。これを権限昇格と呼びます。
CrowdStrikeは2025 Global Threat Reportで、生成AIが後押しするソーシャルエンジニアリング手口が、音声フィッシング(電話でだます手口)を中心に442%増加したと示しました。また、侵入後に攻撃者が内部で動き回れる状態になるまでの時間であるブレークアウトタイムは平均48分、最速51秒と説明しています。さらにクラウド環境では新規侵入と同定不能な攻撃が前年比26%増加し、初期アクセスの主要手口は有効なアカウントの乱用で、2024年上半期のクラウド事案の35%を占めると整理しています(参照*5)。
この状況では、特権IDを常時有効のままにする運用は危険です。盗まれた瞬間に管理者として使われ、短時間で設定変更やログ消去まで進むおそれがあるため、必要なときだけ使える形に変えることが効果的です。
監査・コンプライアンスで求められる説明責任
特権ID管理は、事故を防ぐだけでなく、説明責任を果たすためにも必要です。説明責任とは、問題が起きたときに、何が起きたのかを根拠とともに説明できる状態を指します。特権IDは操作範囲が広いので、記録がなければ原因の切り分けができず、復旧も再発防止も遅れます。
Verizon Businessは2025年のデータ流出調査報告書(DBIR)で、22,000件超のセキュリティ事案を分析し、12,195件のデータ流出を確認したと示しました。あわせて第三者関与が30%へ倍増し、脆弱性の悪用が全球的に34%増加したと説明しています。地域別では、EMEA(欧州・中東・アフリカ)で内部組織からの流出が29%を占める一方、APAC(アジア太平洋)は内部要因が1%、北米は5%でした(参照*6)。
また、被害の大きさの面でも、説明と復旧に備える価値は高まっています。IBMは2024年の年次レポートで、世界全体のデータ侵害の平均コストが$4.88 millionで、前年度比10%増加したと公表しました。調査は世界61社以上の組織を対象に、2023年3月から2024年2月までの実際の侵害データを分析したものです(参照*7)。
監査では、社内だけでなく委託先や外部サービスも含め、誰がどの権限で何をしたかを追えることが求められます。特権IDの利用を記録し、承認や手順と結びつけて示せる状態が、監査対応の土台になります。
PAMで実現する主要な統制と設計ポイント
可視化と棚卸し
PAMの設計は、まず現状を見える化するところから始まります。特権IDが何個あり、どのシステムに効いていて、誰が使えるのかが分からないままでは、守る対象も優先順位も決められません。
NTTテクノクロスは、特権IDを管理する運用ステップを「把握、保護、点検」の順に整理し、最初の把握で特権ID・ユーザー・アクセス権限を漏れなく可視化して管理の基盤を作ると説明しています(参照*8)。
棚卸しでは、人のアカウントだけでなく、システム同士が連携するためのサービスアカウントも対象に入れます。サービスアカウントは人が直接使わないため放置されやすく、いつの間にか強い権限のまま残ることがあります。
可視化の結果は、次の設計に直結します。たとえば、共有アカウントが残っている、退職者の権限が残っている、管理者権限が業務上不要な人に付いている、といった問題が見つかれば、PAMの適用範囲と手順を具体化できます。
最小権限と特権の分離
PAMの中心原則の1つが最小権限です。最小権限とは、任務を達成するために必要な最小限の権限に制限する考え方です。NISTは、システムはユーザーやプロセスのアクセス権限を、割り当てられた任務に必要最小限に制限すべきだと定義しています(参照*9)。
実務では、普段は一般権限で業務を行い、設定変更などが必要なときだけ特権を使う形にすると、盗まれる価値の高い権限が常時ぶら下がりにくくなります。
あわせて重要なのが特権の分離です。1人が何でもできる状態を避け、申請する人、承認する人、実作業する人、記録を確認する人を分けます。これにより、単独での不正や、誤操作の見逃しを減らせます。
なお、アクセス制御の基本としては「付与」「見直し」「剥奪」を揃える必要があります。CIS(Center for Internet Security)はCIS Control 6で、ユーザー・管理者・サービスアカウントの資格情報と権限を、作成・割り当て・管理・取り消しするプロセスを整えること、そして管理者アカウントへの多要素認証(MFA)を要求することも推奨しています(参照*10)。
一時的な権限付与とセッション監視
特権IDの運用で効くのが、一時的な権限付与です。これは、必要な作業の間だけ権限を有効にし、終わったら自動で外すやり方です。常時管理者の状態を減らせるため、盗まれたときの被害を小さくできます。
Microsoftは、Microsoft Entra IDのPrivileged Identity Management(PIM)について、過度または不要な権限のリスクを軽減するために、時間ベースのロール有効化と承認ベースの有効化を提供すると説明しています。また、Microsoft Entra IDとAzureの資源へのジャストインタイムの特権アクセスを提供すると整理しています(参照*11)。
もう1つがセッション監視です。セッションは、管理者が対象システムに入って作業している一連の時間を指します。セッション監視では、誰がどの端末から入り、どんな操作をしたかを記録し、必要なら途中で切断できるようにします。
一時的な権限付与とセッション監視を組み合わせると、対応も速くなります。権限がいつ有効になり、どの作業で使われたかが追えるため、影響範囲の特定や、見直しの手順作りが行いやすくなります。
導入・運用の進め方
対象アカウントとシステムの優先順位付け
PAMは一度に全部を完璧にしようとすると止まりやすい領域です。まずは、被害が大きくなりやすい対象から優先順位を付けます。典型は、全社の認証基盤、クラウドの全体管理者、基幹システム、ネットワーク機器、バックアップ基盤などです。
Microsoftは特権アクセスのセキュリティ計画で、Stage 1を24-48時間とし、Microsoft Entra PIMの導入や、緊急アクセス用の2つのクラウド専用グローバル管理者アカウントの設定を中心に基本的な特権アクセスの安全性を確保すると示しています(参照*3)。
この考え方は、製品に限らず進め方として参考になります。まずは止められない権限を押さえ、次に範囲を広げると、運用の負担と効果のバランスを取りやすくなります。
運用プロセスと役割分担
PAMは導入して終わりではなく、運用で効きます。ところが、導入が多段階の計画になること自体が弱点になる場合があります。Proofpointは、攻撃者がIAM・PAM・多要素認証(複数の要素でログインを確認する仕組み)などの導入が多段階のプロジェクトであることを悪用し、完了までアイデンティティが露出したままになる場合があると説明しています。また、アイデンティティの変化は頻繁で再発見を繰り返す必要があり、監査作業は時間がかかり手作業が多くエラーが起きやすいとも整理しています(参照*12)。
この前提に立つと、運用プロセスと役割分担を先に決めておくと進めやすくなります。たとえば、申請と承認の窓口、緊急時の例外手順、棚卸しの頻度、ログの確認担当、アカウントの作成と削除の責任者を明確にします。
特に緊急時は、手順が曖昧だと現場が独自判断で共有アカウントを作るなど、後戻りしにくい運用になりがちです。平時から例外をどう扱うかまで決めておくと、ルールが形だけになりにくくなります。
KPIと継続的改善
運用を続けるには、状況を測る指標があると便利です。KPIは、目標に対して今の位置を数で見えるようにする指標です。PAMでは「作業をどれだけやったか」より、「危ない状態が減っているか」を追うほうが判断しやすくなります。
Netwrixは導入の実務として、特権アカウントの全件発見、最小権限とジャストインタイムの適用、共有アカウントの廃止、多要素認証とRBAC(役割に応じて権限を分ける考え方)の活用、リアルタイムのセッション監視と終了、パスワードの自動回転、承認や通知の自動化などを挙げています(参照*2)。
KPIの例としては、共有アカウントの残数、常時管理者の人数、特権権限の有効時間の平均、承認なしで実行された特権操作の件数、棚卸しで見つかった未管理アカウント数、セッション記録の取得率などが考えられます。数値が動くと、運用が詰まっている場所が分かり、手を入れる順番も決めやすくなります。
エンジニアのキャリアの観点でも、KPIで運用を回した経験は説明しやすい実績になります。たとえば「常時管理者を何人から何人に減らした」「共有アカウントを何件廃止した」「セッション記録の取得率を何%まで上げた」といった形で、成果が数字で示せるためです。
おわりに
特権ID管理(PAM)の重要性は、強い権限が持つ破壊力の大きさと、攻撃や内部不正、誤操作が起きる前提にあります。特権IDは「守りの最後の扉」であると同時に、攻撃者が最短で狙う入口にもなります。
PAMは、可視化、最小権限、特権の分離、一時的な権限付与、セッション監視といった統制を組み合わせ、運用として回すことで効果が出ます。まずは優先順位を付け、役割分担とKPIを決め、数値で状況を確認しながら手順を整えると、現場に定着しやすくなります。
特権ID管理は、セキュリティ設計だけでなく、運用・監査・インシデント対応まで関わる領域です。現場での設計意図と運用手順を言葉にできるようになると、担当できる範囲が広がり、案件選びや単価交渉でも説明しやすい強みになります。
お知らせ
特権ID管理、PAM、重要性を踏まえたスキル棚卸と業務範囲の確認は、インフラエンジニアが案件選びやキャリア形成で後悔しないために不可欠です。最新案件の参照で最適な判断をしましょう。
インフラエンジニア 仕事内容を把握することは、案件選びやスキル棚卸しに不可欠です。業務範囲や必須スキルを確認し、フリーランス向けの最新案件情報も参考にしましょう。
cyseekではフリーランスのITエンジニア向けの案件をご紹介しています。
案件に関する新着情報は、以下のリンクからご覧いただけます。
参照
- (*1) NIST – NIST SP 800-63-4: Digital Identity Guidelines
- (*2) The Best Privileged Access Solutions
- (*3) Docs – Secure access practices for administrators in Microsoft Entra ID – Microsoft Entra ID
- (*4) IPA 独立行政法人 情報処理推進機構 – 「企業の内部不正防止体制に関する実態調査」報告書
- (*5) CrowdStrike.com – CrowdStrike Releases 2025 Global Threat Report: Cyber Threats Reach New Highs
- (*6) Verizon’s 2025 Data Breach Investigations Report: System intrusion breaches double in EMEA
- (*7) IBM Newsroom – IBM Report: Escalating Data Breach Disruption Pushes Costs to New Highs
- (*9) least privilege – Glossary
- (*10) CIS Control 6: Access Control Management
- (*11) Docs – What is Privileged Identity Management? – Microsoft Entra ID Governance
- (*12) Proofpoint – What Is Identity Threat Detection & Response (ITDR)?
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